室町後期◆安祥寺流 ディスカウント 嫡々相承唯一人記 良盛書写(安祥寺流巻物 宥快 中世文書 興雅 真言宗 金剛峰寺 高野山 書 巻物)

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室町後期◆安祥寺流 嫡々相承唯一人記 良盛書写

商品説明 室町時代後期に宝亀院良盛によって書写された安祥寺流の嫡々相承唯一人記です。

嫡々相承唯一人記とは、真言宗小野三流の一つ、安祥寺流(安流)における秘奥を伝授された際の記録書です。

東密南山教学の大成者である宥快は、平素より講学に余念がありませんでしたが、事相における安祥寺流を東密の最も正統な嫡流とみなし、平素より安祥寺流を追慕敬崇にたえず、ついに意を決して永和3年(1375)に高野山より上洛して紹介によって安祥寺興雅に面謁しました。興雅は宥快の法器が類まれなるを喜び、安祥寺流の秘奥のすべてを授けました。

安祥寺流の一流伝授でも本書を授けることは極めて稀であり、ただ正統後継者のみが伝える非常に貴重なものです。たとえ安祥寺流の一流伝授を受けたとしても、本書を師から授からなければ安祥寺流の正統後継者としては認められません。実際に、安祥寺流は興雅の没後、その瀉瓶(筆頭弟子)の成雅が安祥寺門主となりましたが、早世したため安祥寺流は断絶の危機に瀕しました。その断絶の危機に際して宥快は院家を預かって、安祥寺流の断絶を防ぎました。

本書はその嫡々相承唯一人記の写本であり、宝亀院良盛によって室町後期の16世紀中頃に書写されたものです。授与者は不明ですが、宝亀院は宝性院の付属であったことから、宝性院12世で、安祥寺26世の快閔が授与したとみられます。『国書総目録』によると、同書の写本の大半は近世前期のものであるため、中世期にさかのぼる写本である本品の存在は大変貴重です。

隆鐘の裏書には、良盛が書写したこと、また善集院に伝来したものとあります。

◆良盛(1524-1610)
室町後期~桃山時代の高野山の僧侶。和泉国(大阪府)の人。宝亀院、円深坊。宝性院門中。1566年宝亀院に住して堂塔を再建した。1594年高野山真言宗総本山・金剛峯寺215世座主。

◆安祥寺流
真言事相の上で分かれた流派の一つで、安祥寺の宗意に始まる。南北朝時代に興雅が中興、一度断絶の危機を迎えたが宥快は院家を預かり断絶を防いだ。古代より安祥寺自体の門主を失ったが、江戸前期に宝性院院主が兼帯して安祥寺の門主を兼ねた。近世に江戸の霊雲寺の浄厳が継承して新安流を興す。安流。東密三十六流の一つ。野沢十二流の一つ。小野三流の一つ。

◆興雅(?-1386)
南北朝時代の僧侶。藤原実博の子。安祥寺宰相阿闍梨、少将阿闍梨と称す。隆雅より入室、瀉瓶した。安祥寺第21世となり、後光厳天皇の帰依を受けた。

◆宥快(1345-1416)
南北朝-室町時代の僧。真言宗。高野山宝性院の信弘に師事し、その跡をついで宝性院門主となる。「宝鏡鈔」をあらわして立川流を批判。京都安祥寺の興雅にまなび、同寺門主をかねる。長覚とともに高野山の教学を大成。「宗義決択集」「大日経疏鈔」などおおくの著作がある。晩年は善集院に隠棲した。京都出身。字は性厳。

◆隆鐘(1728-1797)
江戸時代中期の僧侶。紀州の人。左学頭。月城の瀉瓶。善集院33世、宝性院32世、安祥寺46世を歴任した。

・縦25cm、全長1085cm(最大幅。若干の誤差はご了承下さい)

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